ゴオオオオル!

昨日からほとんどネットに接続できなかったのですが、みんな元気でラオスツーリングをゴールしました!






今回の行程は、道幅50cmで片側が崖のトレッキングルートから、5速全開も出来そうなフラットダート、壊れそうなバンブーブリッジ、そしてこの写真のような100mオーバーの川走りなどなど、千変万化のダートを満喫してきました♪───O(≧∇≦)O────♪

まさに林道天国! やっぱり「どこまでも、とんな道でも走り続けて行きたい」ということがオフ車の最大の楽しみであり、こうしてアドベンチャーを思う存分に堪能出来る、ラオスはサイコー!


  

行ってきまーす(^O^)/



おはようございます! では、これから小栗伸幸さん、松下時子さん、ニシオさん、GOさんに、そしてワタクシ、バトン・オーツカによる第二次ラオス林道ツーリングツアー、

『小栗伸幸と愉快な仲間たち in ラオス』に5日間の日程で出発してきまーす*\(^o^)/*

この旅も様々なトラブルが待ち受けていることでしょう…

でも、いいんです。そのトラブルすらも受け入れる心持ちで、旅のすべてを楽しんできます ( ̄^ ̄)ゞ

「楽しむこと」そのことが愉快な仲間たちと一緒に走る最大の意味だと思っています (^_−)−☆



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第2部スタート( ̄+ー ̄)



今朝、3か月にわたり連載した『林道王国』が完結したばかりでしたが…

今宵、これから『林道王国 第2部』のためにラオスへ再び旅立ちますw 今度の旅は、ニシオさん、GOさん、自分に加え、小栗伸幸さん、そして林道主婦こと松下時子さんも加え5人旅! さらに、前回は3日間でしたが、今回は5日間の日程 ( ̄▽ ̄)

さらにグレードアップした『林道王国 第2部』の連載開始をオタノシミニ ノシ



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DAY3 その5 完結

大型のユンボはこちらと向こうに2台いて、現場の双方から、がけ崩れの土砂をどけていました。積み上げられた土砂の上では現場監督らしい人がユンボに指示を出しています。

15時頃、このがけ崩れの現場に到着し、「あと2時間ぐらい」と言われたので、「17時に開通したとして、このバンピーな国道があと40kmぐらい、そのあと残り80kmぐらいって言ってたっけ? ゴールの晩餐をホテルでゆっくりあげるのは無理そうだな…」とか考えていましたけど、17時頃、暗くなってもまだ開通せず、「本当に、今日、宿にたどり着けるんだろうか…」と不安は募るばかり。でも、出来ることはなにもないので待つだけでした。

結局、18時過ぎにようやくユンボがバックし始めて後片付け、最後の仕上げを始めました。それを確認すると、やじ馬たちがそれぞれ自分のクルマに戻っていきます。

これ、開通後、交通整理も行われそうだし、スタートダッシュを決めないと、すれ違えないバスやトラックの大渋滞に巻き込まれることは必至。うちらはスススと前に出て、渋滞の列の一番前でスタンバイ。



ついに、現場監督が手を振りました。そのスターティングフラッグで飛び出します! うちらの後ろには同じく渋滞をすり抜けてきたタイカブ達が続き、さながらビクトリーランのように、がけ崩れの現場を走り抜け、思わずガッツポーズが出ました \(*T▽T*)/


なんでしょうね、このやり切った感じw



案の定、がけ崩れの向こう側も対向車線にはみ出して前に行こうとするクルマなどで大混乱していました。そこをすり抜け、ようやく自分達のペースで走ることができ、バンピー国道を通過して街に出ることが出来ました。

ニャイが「ホテルまで2時間ぐらいかかりますけど、晩御飯はどうしますか?」と聞いてきたんですが、がけ崩れ突破の興奮も冷めやらないうちらは「まだ、そんなに腹減ってないから、このまま走って適当なところでいいよ」ということで、先を急ぎました。



小一時間ぐらい走ったところで、ニャイが対向車線、左側のロードサイドにあったお店で止まりました。



ほかにお客さんはいなくて、お店のお姉さん3人が座ってテレビを見ていたんですが、ニャイを見たらケラケラ笑い出しました。「なんだ?」と思ったら、ニャイの妹さんのお店なんですってw

このツアーの食事代は、ツアー料金に含まれていて、ニャイが会社からお金を預かっていてそれで払うことになっているので、妹の店にお金を落としにきたんですね ( ´ ▽ ` )ノ  夜だけど、電気のある店、冷えたコーラは美味しくて、ようやく帰ってきたという安堵感で満たされました。



林道ではゆっくりのニャイですが、舗装路ではやたら飛ばします… トレールの、しかも旧式のTT-Rですから35wヘッドライトで暗いにも関わらず、ニャイはハイビームも使わず、真っ暗な道を80km/hオーバーで進みます。「ハイビームを使わないって、切れてんのかな?」って気を使って自分が横に出てハイビームで後ろから照らしてあげていたたんですけど、あとでニャイに聞いたら、「ハイビームは切れていないけど、対向車がまぶしいからハイビームは使いません」だって ┐(´-`)┌ いやいや、対向車がいないときはハイビームにしないと危ないでしょう…

バンピー国道ではなくなりましたが、この夜の道でも、舗装路とはいえ、ところどころ穴が開いています。その穴を80km/hで走りながら、かすかなライトの灯りだけで見つけ必死に避けまくりでの巡航。林道よりもなによりも、この最後の夜走りが一番怖かったです… (((゚Д゚)))ガタガタ  ニャイに「もっとゆっくり!」って言いたかったけど、休みもとらずひたすら走り続けるので、クラッシュしないように細心の注意を払いながら付いていきました。



3日間、600km以上に渡るラオス☆秘境ツーリングもいよいよ終わりが近づきました。さすがラオス第二の都市だけあって、ルアンパバーン周辺は、普通に住宅地もあり都会を感じます。3日前、出発した時は「信号もないし、田舎だなぁ」と思ってましたけど、どっこい、ここはラオスの大都会なんだと、これまでの行程を振り返ると実感しました。


見慣れた景色、出発の時に走った道路を、また走り、そして、ついに…



全員、無事に帰ってこれました! 日本では考えられないほど、ゲップが出るほど、思い切り林道を走りまくりました! たった3日間と言えば3日間ですが、これまでの自分の海外ツーリング、海外ラリーに引けを取らないほどの思い出を得ることができ、そしてなにより、とーっても楽しかったです!



これまで自分は「海外でバイクに乗る」というと、レースやソロツーリング(オーストラリア1周や北米大陸1周)ばかりでしたが、こうしてツーリングを仲間と走るということは、これはこれで代えがたい喜び、達成感があるものだと知りました。

昔は、それこそ3か月も4か月も一人でツーリングしたり、「出来るだけお金をかけず、どれだけ長く旅できるか?」というようなバックパッカーとして一人で放浪したりしていましたけど、40歳を超えたおじさんとなったいま、その若かりし時代の旅を懐かしみこそすれ、もう一度、一人で旅したいとは思いません。旅は自分の年齢、立場に応じたスタイルがあり、そこから外れた無理をしても楽しくないでしょうからね。いまはもうこれでいいんです。



総予算24万円・6日間の日程で、これだけ楽しめるんですから (^_-)-☆





完   





  

DAY3 その4

天空の街の山から降りた後は、もうダートはなくなり舗装路を繋いで帰路に着くことになりました。もちろん、ダートを使う道はいくらでもあるのですが、2日目に宿泊地を変更したこともあって、最終日は400km以上も走らなければならないルーティングなので、あとは出来る限り急ぎたかったんです。

ラリーで500km、600kmとか走るのは普通です。しかも、その500kmが全部ダートだったりするのも普通です。でも、ラリーとツーリングは違うので距離感も違います。ラリーは基本的に荒野や砂漠をすっ飛んで走るので、ダートですけど100km/hオーバーで延々と巡航とかもありますし、レースですから基本的に休憩は取らずひたすら走り続けるので、意外と500km走ってもたいしたことないんです。

でも、ツーリングは公道を普通のスピードで走るものであり、また、ラリーのときに使った450のレーサーとは違い、250ccのトレール(公道市販車)ですから、ハナから出せるスピードが違います。そして、ラオスは国土のほとんどが山であり、舗装路といってもひたすらワインディングが続くのでペースがあがりません。日本でも高速道路で400km走るのはなんてことないかもしれませんが、山道を400km走るなんて気が遠くなるでしょう (^_^;)



しかし、舗装路とは言っても、前述のようにラオスの道はひたすら山道で、走っているぶんには飽きずに楽しいんですけど、距離計が遅々として進まないというのが辛いところであります…

そして、舗装路とは言っても状態はかなり悪いです。ダートから降りてすぐの舗装路は、ニャイによれば「半年前に開通したばかり」という道路で、確かに舗装は新しかったんですが、すでにあちこち壊れていました。ガケ崩れはしょっちゅうだし、舗装のあちこちに穴が空いているし、路肩が崩壊していたり亀裂が入っていることも多く、開通して半年にして、すでに普通のクルマは走れないレベルまで壊れていました。そのせいか分かりませんが、交通量は極めて少なく、タイカブが少々とたまに工事関係者らしいトラックが走っているぐらいでした。

ラオスは土木建築の企業が育っていないらしく、途中でみたダムも含めて中国企業が工事しているようです。道路の崩壊したところに、中国語が書いてある土のうや警戒標識が置いてありました。しかし、シロート目で見ても、あきらかにやばそうな法面にまったく補強が入っていなかったり、「こんな工事じゃ、壊れるべくして壊れるわ、そりゃ (・・;)」というレベルの施工でした。

こんな発展途上国にこそ、日本はODAを注ぎ込んで、日本の建設会社が乗り込んで、きちんとしたインフラを作ってあげることが望ましいと思うんですけど… それこそ、こんな工事しかしない中国に任せておけないというか、だいたい、こうして外国まで出張って金を稼いでいる、その中国にODAを入れている日本政府はいったい…


 
そして昼食後、ニャイ曰く、「舗装路だけど、バンピーロードです」っていう国道らしき幹線道路を走ることになったのですが、これがまたヒドイ道だったんです…

どうやら、今度の道は国道一号というかラオスの主要幹線道路らしく、大型バスや荷物満載のトラックもかなり多い道だったのですが、この道が造られたのは十数年前らしく、その前の開通して半年のワインディングロードですらあのありさまですから、こっちはもう舗装道路なんだかダートなんだか分からない状態。しかも中途半端に舗装が残っているものだから、そこに開いた大穴がまた怖い (;_;)

これ、ダートの穴より舗装の穴のほうが怖いんですよ。舗装路の穴は、舗装があるだけにエッジが立っているので、下手に突っ込むとタイヤがパンクしたりクラッシュしてしまいます。なので、ダートよりかえってスピードを上げることが出来ず、そして大量のバスやトラックを抜かしながら、かなりストレスの貯まる行軍を強いられました。



そんな国道を90kmほど走らなければならなかったのですが、その半分50kmを過ぎたぐらいでしょうか、突然、渋滞が始まりました。うちらはバイクですからすり抜けて、その渋滞の先頭まで進んだのですが、そしたら…







がけ崩れで完全にアウトでしたorz 50m以上にわたって完全に道路が土砂に埋まっています。一生懸命、復旧作業をしていたのですが、聞いたら「あと2時間ぐらい」とのこと。でも、どう見ても、数時間で土砂をどけられるレベルではないような感じです…





もう、みんなどうすることも出来ないので、歩いて現場を見に来ていました。そのうち近くの村からなのか、バイクでジュースを売りに来た人もいましたw







ニャイに聞いたら、回り道しようにも数百km走らないとダメだそうで、もはや待つしかありません。しようがないので、道路脇の湧き水で行水したりしてひたすら待ちました。さて、今日中に帰れるのでしょうか、明日の飛行機に間に合うのかしら…




…続く



  

DAY3 その3

朝食を食べた後は比較的フラットな山道をひたすら上っていきました。霧のなかを走り続けたのですが、いつの間にか肌寒く感じるぐらいでかなり標高が上がったようで、雲の上に出ました。



この眼下に広がる雲海をカメラに収めようと、バイクを止めたところ…





雲が流れて向こうの峰に集落が! まるで『天空の街』というような素晴らしい光景でした。ニャイも「どうですか、きれいでしょう」と自慢げでした ( ´ ▽ ` )ノ



しかし、ここまでやってくる道中は、やはり困難があったのです。それは…



ラオスではあちこちで牛、水牛が放牧されているのですが、この天空の街への山道ではとくに牛が多かったです。牛自体はホーンを鳴らしたり、エンジンをふかして音を立てればどいてくれるので、さほど問題ではないのですが、問題はその落下物 orz

伏字なんてしません、彼らの移動した道には、ずばり大量のウンチが道にまき散らされているのです (´д`) こんなのを踏んずけた日にはオフロードバイクのブロックタイヤが盛大にかきあげて、車体、自分にくっついてしまいます。見た目が泥と区別がつかないだけに、くっさいバイクとくっさい自分に悩まされながら走り続けなければならなくなるのです…

なので、みんな、ウンチを必死に避けます (‘・ω・́)ゝ 地雷原ならぬウンチ原を1個も踏まずに突破するために、右に左にクイックなライン取りで必死!

しかし、たまにタイトコーナーの先のライン上に『ブラインドウンチ』があって、「そこにクソをするなぁぁ! …ぁぁぁ」って、避けきれずに踏んでしまうことも (;´∀`)



そんな恐怖のウンチロードを突破してたどり着いた天空の街なので、当然ながら写真をパシャパシャみんなで撮ったのですが、その写真があまり残っていないのです。





この日は天空の街への山道のあと、メインは舗装道路になってルアンパバーンへの帰路となりました。昼食も道端の集落でしたが、テーブルにふんだんに調味料が乗っているし、わりと小奇麗だし、「ああ、文明圏に帰ってきたなぁ」って感じでした。

ですが、最後だと安心したのがよくなかったのかもしれません。この写真の昼食の場所に、GOさんがカメラを忘れてしまったのです… それに気づいたのはすでにこの場所から100km近く過ぎた場所。そこから戻ることも出来ず、ニャイが「電話して聞いてみます」と言って、ルアンパバーンの事務所に電話をかけ電話番号を調べました。道すがらの店ですから、その店の電話番号など分かるわけもないのですが、おそらくその集落の誰かに電話をかけ、その店を見てきてもらおうということだと思います。

そのときは事務所に調べてもらった電話にかけても誰もでず、「また明日かけてみます」とのことでした。自分たちは諦めて翌日、タイに出発し、そのあとGOさんはメールでやりとりして、カメラの行方を捜してもらったのですが、結局、見つかりませんでした。天空の街周辺の記念写真は、みんなで一緒にGOさんのカメラで撮ったので、そこでの集合写真などが残ってないのです(;´∀`)



でも、良いのです、「素晴らしい風景はココロのなかに」ということで (^_-)-☆






こうしてだいぶ文明圏に近くなってきたのですが、それでもまだ大きな街でないとちゃんとしたガソリンスタンドはなく、こうしてドラム缶をおいてガソリンを売っているところで給油。ただ、ニャイも「ここは高いから」ということで、次の町までたどり着けるぐらいの少量しか給油しませんでした。







15時頃、ルアンパバーンまであと150kmほどとなったとき、ポツポツと雨が降り始めたと思ったら、あっという間に写真のような豪雨となりました。幸いにして、降り始めてすぐにニャイが止まってこのお店に入ったので、うちらはほとんど濡れずに済みました。

これだけ急な降りならば、しばらく待てば上がると思われるので、みんなでよく分からないチョコレート菓子を箱買いして、おやつを食べながら待ちました。



…続く



  

DAY3 その2

日本人3人はすっかり準備が終わっているところに、寝坊したニャイがやってきて荷造りを始めましたw 昨日、「明日は長いから、日の出とともに出発しましょう。5:30には起きて、6:00出発で!」とニャイが言っていたのに、そのニャイが、6:30頃になってようやく起きてきた次第です (;´∀`)



宿の人というか、近所の人も起きてきて、物珍しそうに見守っています。どうやら、ラオスの人はみんな、寝るときにマッパなんですかね? タオルだけ巻いて出てきてます (^^ゞ

今回のツアー中(9月)、昼は30℃近くまでいって暑かったですけど、夜は20℃前後ぐらいで、Tシャツ1枚で快適に寝れました。寝るときはクーラーがあるホテルでも、自分はクーラーを切っていました。昼も夜も日本の夏のほうがよっぽど辛いです… ここ数年、夏はクーラーなしだと寝れないですもんね。東南アジアよりも暑くて辛いって、日本の気候はどうなっちゃったのやら ( ̄ー ̄;)





7時頃出発しましたが、まだ川渡しのボートが動いていなかったので、予定とはルート変更とのこと。昨日と同じくダム工事の取り付け道路を進んでいきます。

この日も朝から小雨が降っていて路面もドロドロですけど、一晩寝て疲れも気持ちも復活しているので、たいして苦にならず、たんたんと走っていきました。

写真左上に、現場事務所・飯場の建物、工作機械が見えます。この少し先がダムの工事現場で、自分たちもそこの仮設の橋を渡らせてもらって対岸に移りました。



そして、ダム工事現場から少し離れたところに建物があり、ここで休憩です。



パッと見て分かりますかね? ここはいわゆる置き屋です。ダム工事の労働者を相手に稼いでいるんでしょうね。写真には写しませんでしたが、左側の柵になって外から見える建物の中に、分かりやすく真っ赤なボディコンワンピースを着た豊満なお姉さんが座っていました。しばらくしたら、奥の部屋から、朝から一発きめたのか、昨夜から泊まっていたのか、二人で出てきました。

また、この置き屋を仕切っている連中の下っ端なのか、AKS-47を肩から下げたあんちゃんがうろうろしていました。工事現場に相応しくない革のジャケットを着て、AKS-47をこれ見よがしに見せつけていました。マガジンも装着されていて、即、撃てる状態です。

ニャイは「彼はアーミーだ」って言っていたけど、それは適切な英語を知らなかったからでしょう、どっからどうみてもチンピラです。まだ20代でしょうけど、武器を持っているというのは絶対的なチカラですね。危ういものには近づかずで、刺激しないように目を合わせないように、知らないふりをしてやり過ごしました。







まあ、なにはなくとも腹は減るので、うちらは店を物色し、朝飯を作ってもらいました。単にタマゴを油で揚げただけの代物でしたが、腹が減っていたので純粋に美味かったです ( ̄ε ̄〃)b



…続く



  

DAY3 その1

目を開けても暗闇でした。


瞼を開けても閉じても、まったく変化がない真の闇というのは初めてだったかもしれません。



「確か、寝る前にiPhoneをベッドサイドテーブルに乗せたはず…」と記憶を辿りながら手探りで探すと、確かにそこにありました。

ホームボタンを押すと、4:00を表示します。昨夜、ベッドに入ったのは何時だったか確認していませんが、日本にいるときもこのぐらいの時間帯には起きているので、必要十分な睡眠はとったはずです。

しかし、周囲に灯りはなく、「日が昇るのを待とうか」とまどろんでいたのですが、ふと室内をiPhoneのライトで照らした時、ベッドの横の壁に、10cmほどの蜘蛛、しかもタランチュラ系の肉付きのいい、毛だらけの蜘蛛が貼りついているのを見つけました。

その蜘蛛はじっとしているし、特に害はなさそうでしたが、もう眠ることも出来ないし、気持ち悪いので、荷物をまとめて部屋を出ました。



外も、まだ暗いまま。電気が来ていないので、当然、なんの明かりもないわけですが、薄曇りながら星がところどころ顔を出しており、星明りでライトを点けなくても歩くぐらいは出来ます。

しかし、ここラオスで、自分にはどこにも行くあてがないので、ホテル前のコンクリートの路面にただ横たわりました。路面は冷たく冷え切っていて、誰も動いていない静かな朝でした。



自分のiPhoneの海外パケホーダイを使わずデータ通信は切っていました。しかし、このツアー中、ニシオさんが現地のSIMカードを買ってくれて、1台のスマホを共用のモバイルWi-Fiとしてくれていたのです。電池の消耗があるので、ツーリング中は電源を切って、休憩で止まるたびに電源を入れて電波があるところで通信していたのですが、夜は電源を入れっぱなしにしてくれていたようで、iPhoneを点けるとネットに接続できました。



見るとはなく暇つぶしでネットサーフィンをしていると、ニシオさんのFBページにたどり着きました。そこには昨夜のことを、

「急に泊まることになって、あちこちで食事や宿を断られていたけど、ニャイは、一生懸命、交渉をしてくれておかげで泊まることが出来ました! 感謝!」と書いてありました。


「ああ、小さいな、俺…」


自分がとても恥ずかしく、とても情けなく、人間が出来ていないことを思い知りました。ラオスまで来てなにをやっているんでしょうね。





ゴロリと横になりながら、雲の隙間からのぞく星を眺め、ただ、黙って朝を待ちました。その日は曇りでしたが、次第に明るくなり、街の人々が動き始めました。




ニシオさんとGOさんも起きてきて、外に出てきました。GOさんは「すっきりしました?」とだけ聞いてくれ、「はい」と自分は答えました。

ニャイは寝坊して、遅れて起きてきましたが、「グッドモーニング、サンキュー」と声をかけました。



ラオス☆秘境ツーリング最終日、3日目が始まります!





…続く




  

DAY2 その7

しばらくするとニャイが帰ってきました。そのとき、「まずは、この近くで晩御飯」ということで、近くの建物まで歩いて行ったのですが、「やっぱり、別のところ」と言われ、バイクで移動。

すると今度は一件の建物で止まり、「ここが今日の宿です」ということで、なかを案内されました。どうやら3人で一部屋に泊まるようですが、まあ、この際、横に慣れればなんでもいいです。

そして、荷物を解こうとしたら、「急いでご飯を食べに行きましょう、もうすぐ店が閉まります」とのことで、また慌てて移動。なにはともあれ、飯にありつけました。



この写真、フラッシュをたいているので明るいですが、実際は真っ暗です。テーブルになにやら盛られているので、ここに座るのかと思ったら、さらに奥に案内されました。





灯りは蝋燭だけ。仕方ないので、GOさんがiPhoneのライトで照らしています。いや、ホント、iPhoneはラオスでもネットに接続して、日本の社員達や海外の取引先と連絡をとったり、写真を撮ったり、FBにアップしたり、こうしてライトで使ったりと、実に万能! 秘境探検にはiPhoneが欠かせません ( ̄ε ̄〃)b



晩飯はよく覚えていませんが、鶏肉と草ともち米でした。よく見えないので、手づかみで状態も分からないままに口に運ぶという闇鍋状態でしたが、なにはなくとも腹が減っていたので美味かったです! そして、なぜか冷えていたビールで、ここまでこれたことを祝いました。このあと、この店の主人なのか、このあたりの顔役なのか、ラオス人のおじさんが混ざって来て、よく分からない、かなりアルコール度数が強烈なラオス焼酎(中国かも、よく分からないシロモノでした)もいただきました w



ようやく人心地ついて、宿に戻ったのですが、「鍵がない」とのことでニャイはまたどこかへ…(さっき、一回開けてもらったけど、なにがどうなっているのやら)。また、日本人三人は残されたので、なにはなくとも装備を外してリラックスしました。ちなみに、現地の人とはまったく言葉が通じません。ラオス語はタイ語に近いので、タイ語が少し話せるニシオさんが会話を試みたりしていましたが、ほとんど通じませんでした。もちろん、英語は通用しません。だから、自分たちがなにかを聞くのは、英語が話せるニャイだけです。



それから20~30分ぐらいかな、ニャイが戻ってきたのですが、「別のところで泊まります。移動してください」と言われました。もう、装備は解いているので、このままではバイクに乗れませんし、荷物もある程度広げてしまって、これを暗闇の中でしまうのは一苦労…



自分は疲れていたし、酒が入って冷静な判断が出来なかったんですね。ここでキレてしまいました。「なんだって、ここだって言ったじゃん! もう荷物はといたんだから動かない、知らん!」ってニャイに噛みつきました。

でも、いくら怒ったところで、事態が変わるわけでもないことは分かっています。みんなに付いて、黙って荷物を運びました。途中、GOさんに「これ持っていきますね、バトンさん、そっちを持っていってください」って声をかけられたけど、返事もしませんでした。

歩いて5分ぐらいのところに宿はありました。ニャイに「ここと、ここの部屋を使って下さい。この部屋は二人で」って言われたけど、「ダメだ! シングルで部屋を使わせろ」と言って、ツインの部屋を一人で使いました。





洗面所には水甕があり、それを使えば洗濯も出来ましたが、「もう、どうにでもなれ!」って、なにもかもが嫌になって、頭から水を被っただけで、ベッドに倒れました。



iPhoneのライトを消すと、本当の暗闇が訪れました。






…続く





  

DAY2 その6

この日、最後に休憩をとったところは、こんな感じで、建築ラッシュというか活気がありました。



なんで、こんなにトラックや人が多いのかというと、近くでダムを建設中とのこと。ここからのルートは、そのダムに向かって40kmほど走っていって、そこでボートに乗って川を渡り、さらに25kmほど走って、今夜は、少数民族の村にホームステイする予定となっていました。少数民族というのは画像検索をすると出てきますが、派手な帽子や衣装を着て、荷物を頭に積んで運んだりしている人達です。

これまでの道中でもところどころで、そういった少数民族をみかけているのですが、ニャイに「あの人たちは写真に撮られるのを嫌うから、撮影はしないでください」と最初に言われていたので、写真は撮っていません。

…正直、自分はそういう観光は興味がないし、ホームステイというと昨夜のホテルとはわけがちがい、電気も水道もなく、夜はまっくら、シャワーもなければ洗濯も出来ない…ということになるでしょうから、自分はあまり気乗りしていませんでした…



でも、まあそういう予定なので、進みます (‘・ω・́)ゝ





さきほどの村から少し舗装路を進むとダム建設の取り付け道路に入りました。ダムを造るぐらいですから深い渓谷で、なかなか景色もよくトラックが進める広い道が続きます。







ここでいったん止まったのは、ニシオさんのマシンのテールライト部分のボルトが外れて脱落しそうになったからです。ドロドロですから、新しいボルトを入れるわけにもいかず(予備のボルトはないんですけど、こういうときは車体の使わない部分・外しても構造上問題ない部分から外して付けたりします)、タイラップとゴムひもでぐるぐる巻きにして固定しておきました。この補修でこのツーリングの間は大丈夫でした。

今回、マシンのトラブルは、出発時にGOさんのバイクのチェーン調整がパンパンだったこと、空気圧が高すぎたこと、そして、このテールランプの脱落だけで、幸いにしてパンクも一回もなく(新品のヘビーチューブを入れています)、走行に支障が出るような重大な故障はありませんでした。

3日間通しての転倒は、自分が2回、確かニシオさんが1回、GOさんは0回。でも、自分もニシオさんも、「おっとっと」って感じで、斜めになっているところで支えきれずパタッと倒れたぐらいのボテゴケで、特にダメージがあるような転倒ではありません。





…上の写真で止まったところぐらいまでは快適に走れていたのですが、このあと次第に路面コンディションが悪化していきます。山からの水、そして雨でドロドロになっていて、幅は前述のようにトラックが通れるように広いのですが、そのトラックが通るがために深いワダチが出来ています。

このワダチがまたクセモノで、トラックだけにダブルタイヤなので幅はあるのですが、真ん中がちょこんとでっぱりがあります。この微妙なでっぱりにタイヤをとられてしまうので、ふらふらしてしまい、自分もここで一回コケました…

そんなコンディションの道が延々と40kmぐらい続くわけです。「さっき、入ってから8kmほど来たから、あと32kmぐらいか… ぐぅ、いつまで続くんだこのワダチ…」って感じで、延々と路面と距離計を交互に見ながら、苦行を乗り越えていきました。

30km以上、同じようなバッドコンディションの道が続くと気がめいります。すでに日暮れは近く、一日の疲れも溜まり、「まだか、まだか… とにかく早く終わってくれ…」と祈りながら走るのは辛いです。



ようやく、ようやく、その取り付け道路が終わって、川を渡る船が出る村に着きました!





ここは街らしい街でした。道路は舗装されいますし、住宅もしっかりしています。そして、ここが船着きで、これから今日の最後の船が出る直前でした。

でもね、ここまでのバッドコンディションでペースが上がらなかったこともあって、ここにたどり着いた時点で、すでに太陽は落ちているんです。もう30分も経たないうちに真っ暗になることでしょう。ここでボートに乗って川を渡してもらっても、そのあと真っ暗なダートを25kmも走らなければなりません。少数民族の村に向かう道ですから、ここまでのようなトラックが走る道ではなく、また、これまでと同じような細い山道でしょう。そして、少数民族の村にたどり着いたところで、電気も期待できず真っ暗なわけです…

なので、「今日はここで泊まりましょう。少数民族の村はパスしましょうよ」とみんなに提案しました。さすがにみんな疲れていましたし、すぐに今日はここまでということで決まりました。



そして、ニャイは宿を探しに行って、自分達はこの船着き場で待つことになったのですが…



「電灯はついているけど、なんか暗いなぁ」と思ったら、この写真の柱の根本にバッテリーがおいてあります。ええ、バッテリーで電灯を点けていました。

聞いたら、この街は4日前から停電しているそうです orz 電気を求めて、この町に留まったのに、まさかの停電というオチになりました。街についてから、小一時間ほど、すでに外は暗くなり、ニャイはまだ帰ってきません。果たして、飯を食えるのか、そして、今夜、屋根の下に泊まれるのか…



…続く





  

DAY2 その5

万難を排して前に進みます (‘・ω・́)ゝ まあ、こうしてGOさんもドロドロですが、みんな楽しくて仕方ないですからね ノシ



ラオスは日本から見れば南国ですが、植生にそれほど南国的な違和感を感じることなく、ジャングルというか深い森林といった感じです。






その森や川を抜けて上っていくと、次第に開けてきました。






高台から見下ろすラオスの大地は山、森、山、森、山、森…ですね(^^ゞ こんななかを延々と走るのですから、そりゃあもう林道天国なのです。

「幾たびもの川渡を乗り越え、ハードルートを走破し、そしてこの風景にたどり着いたんだ!」って、三人で喜んでいると、横を一台のバイクが通り過ぎます…





ええ、タイカブです (^^ゞ うちらが走ってきたルートはハードルートとはいえ、別に廃道ではなくて村と村を繋ぐ生活道路です。だから、あちこちでタイカブが走っていきます。しかも、こちらはXR250とTT-R250というトレールマシンに、オフロードブーツ、オフロードウェア、プロテクターで完璧装備ですが、ジモティのタイカブはこんな感じ… 暑いから半袖半ズボンでサンダル。この人はヘルメットを被ってますけど、ノーヘル二人乗りも多いです ┐(゚~゚)┌

準備の良い人はタイカブの後輪にチェーンを巻いて走破性をアップしてますが、難所では、よくタイカブがスタックしていましたし、しょせんタイカブで、オフロードバイクではありません。そのタイカブで走れる道を自分たちは走っているんです。

だから、まあオフロードバイクならまず問題なく走れる道であり、冒険に見えて冒険ではなく、この『ラオス☆秘境ツアー』は日本人から見れば秘境ですが、ラオスの人たちの普通の生活を見ているツアーでもあります <( ̄∇ ̄)ゞ







休憩はルートの途中の村や村未満の集落などにある雑貨屋さんでとります。というか、ルート途中の店らしい店って、こういうラオスのスーパーコンビニぐらいしかなかったです。

ちゃんとドアがある店、レストランなどは出発のルアンパバーンと、1泊目のリゾート地でしか入りませんでした。





ラオスのスーパーコンビニのありがたーい品揃え。緑と茶色のルートを走って来て、この極彩色の商品達を見ると、どれもこれも魅力的でわくわくします ( ´ ▽ ` )ノ

商品は中国製が多かったですね。ラオスはタイと中国などと国境を接していて、言葉はタイと共通する部分が多いですが、経済的には中国の影響を強く受けています。ラオスには海がないから、外国との取引はすべて陸路になるわけであり、これまで走ったように道路などのインフラが整っていないので国内での物流もいろいろと困難でしょう。これはなかなか外国が投資することは、現地に工場を建てたり会社を造ったりすることは難しいと思われ… でも、そんなラオスにも乗り込む中国、華僑の影響力は計り知れません。



様々なことがあった2日目。もう夕方になっていますが、実はこのあとが、この旅のハイライトの出来事となります…



…続く







  

DAY2 その4

スターのように観衆に見守れながら飯を食うのも落ち着かなかったです(^^ゞ この村で止まったのは昼食をとるためと、もう一つ理由がありました…



さすがに、これは無理 orz



一応、ニャイが歩いてみましたけど、途中で諦めて帰ってきました。流れ、深さ、距離、三拍子そろってとても川渡は出来ません…

「どうすんのかな? 引き返すのかな」って思ったんですけど、なにやらニャイが村人と話をして、「この下流に橋があるから、そっちで渡ります」とのこと。





で、その橋がこれ (゚∇゚ ;)エッ!?



村の中を少し移動すると、村人がみんなで架けたであろう、竹の橋がありました。「へー、凄いなぁ! こんなの作っちゃうなんてカッコいい!」とかのんきなこと言ってる場合ではありません。この橋をバイクで渡ろうっていうんです。

どうみても、人が渡るためだけに作った橋です。耐荷重●●●kgまでなんて強度計算がされているはずがなく、村人の生活の知恵による建築構造が、バイク+人の200kg近い重さに耐えきることを祈るばかり…





さすがに、日本人三人は「マジすか!?」って躊躇していたら、村の子供たちが追い付いて、これまた川渡の見世物が始まることになりました (;´∀`)





橋に上るところは竹の梯子になっていて、これをエンジンかけてつっこむと壊しかねないので、テッパでバイクを持ち上げます。





…これね、本当に橋が持つのか、そして橋の途中でミスしてバイクを落とさないか、非常に不安だったので、4台のバイクを渡すのはニャイにまかせました。万が一にも自分がバイクを川の中に落っことしたら、弁償しなくちゃならなくなるので、そこはなにかあったらツアー会社の責任ということで (^^ゞ

幸いにして、橋が壊れることもなく、滑ってバイクが落ちることもなく、全員のバイクを渡すことができ、自分たちも歩いて橋を渡りました。

この村に至る道も、この村から出ていく道も、どこもクルマが走れるような道ではありませんでした。建築資材の輸送はせいぜいタイカブ、そして人力がいいところでしょう。自分たちは、「イヤッホー! ハードルートだ!」って喜んで林道を走っていますが、住んでいる人にとっては、すべてが不自由です。政府が橋を架けてくれることはないでしょうし、こうして自分たちでなんとかするしかないわけです。

つくづく、インフラの整備は生活、そして経済発展になくてはならないものだなぁってことを実感しました。すべてが整っている日本においては想像もつかないような状況でラオスの人々は暮らしているわけです。まあ、それは幸不幸で測れるものではないですが、便利ならそれに越したことはないわけですし。





ここは竹の吊り橋を抜けた直後の村内ですが、村内であってもこんな小川を渡らないと通行できません。村人はその横の木を3本渡した橋を往来していました。





いろいろと難所だった【村】を抜け、まだまだ旅は続きます。





…続く



  

DAY2 その3

難所は川渡だけではありません。2日目になると街から離れたせいか、基本的に走る道は車の通らない幅の小道ばかり。これは現地の人もバイクで移動するか歩いて移動するかの道で、使われていることは間違いないんですが、重機が入れるようなところではなく、整備は基本的に人力しかないような道…

なので、どんどん荒れていきます。ですが、そういう荒れた道が大好きなオフローダーであり、そういう道を走りたくて、わざわざラオスまでやってきたわけであり、どんどん楽しくなっていくわけですw (^^ゞ



基本的に走る順番はガイドのニャイ、10年ぶりにオフロードバイクに乗るニシオさん、自分、最後にGOさん。という順番ですが、珍しく前から3人を写真に納めています。

このとき、ドロドロの上りでニャイがスタック、それにつられてニシオさんもスタック、その後ろでGOさんが止まって待っていてあげていたんですけど、自分は止まると上りの再スタートがつらいので、スタックしている2人を横目に平らになっているところまで先に一気に上ったわけです。人を助ける前に、まず自分の安全を確保しないとね (;´∀`)





西尾さんは自力で脱出し、そのあと、坂を下りてニャイを手伝おうかと思っていたら、ニャイもえっちらおっちらなんとか上ってこれました。この3人のなかで、一番、初心者なのはガイドのニャイであり、そのニャイが自分が安全だと思うペースで先頭を走るので、ツアー全体はゆっくりとしたペースになるのです。でも、それでいい。レースじゃなくてツーリングですから、安全なペースで十分ですよ。日頃、目を三角にして走っているので、ラオスはゆっくり走りますw





ときどき、周囲を見渡せる尾根と尾根をつなぐ道になることがあります。ラオスは(今回行ったのは北部だけですが)、本当にどこに行っても山ばかり、延々と林道が続くのです。







あちこちで、木が倒れていたり、がけ崩れになっていたりします。でも、バイクの幅ならたいがい通れます。住んでいる人にしてみれば、こんなひどい道なんてたまったものではなく、アップダウンやカーブのない、平坦で幅が広くてまっすぐな道が最高に決まっていますが、うちらにはこれが最高の「林道天国」なのです ( ̄ε ̄ )



そして、午前中、たっぷりと川渡やハードロードを堪能した後、村に辿りつき、昼食をとることになったのですが…



村中から子供たちが集まってきました!(^^ゞ






もうね、一挙手一投足、すべて注目の的、「俺こそスターだ!」って感じw










昼食をとったのはこの家の軒下。例によってニャイが「メシ食わせてよ」って交渉し、出てきたのはインスタントラーメンともち米。このおひつのなかにもち米が入っているのですが、「炊いたのは、いったい何日前よ?」ってかなり疑問な、黄色になりかけているお米でした。でも、気にしない ( ̄ε ̄〃) 食わなきゃ、先には進めないので、出してくれたものは残さず胃に入れます!



ラオスでツーリングしていると、止まるとこのように子供たちが集まってくるし、走っていても集落を通り過ぎるときは、子供が走ってよってきて手を振ってきます。自分たちが走るのは昼間だから、就労年齢というか働けるぐらいの歳になった住民はみんなで畑や森に仕事に行くようで、集落に残っているのは幼い子供と老人ばかり。子供はなんでも遊びにしますし、珍しいものには興味津々ですから、自分たちのオフロードバイクはいつも注目を浴びるんです。

そして、子供たちに手を振られまくると、勝ってもいないのにレース後のビクトリーランみたいで、こちらも手を振り返します ( ´ ▽ ` )ノ



別に、「このうちらの姿に憧れて、ラオスの子供たちが勉強して懸命に働き、いつかオフロードバイクに乗ってくれる!」…なーんてことはないと断言します。子供たちにとってはちょっとした物珍しいものであるから興味を持っているだけで、彼らがオフロードバイクに乗ることは99.9%ないでしょう。

でも、別にいいんです。子供がディズニーランドに行ってミッキーに手を振ってもらったことをとても素晴らしい思い出として親に語るように、子供にとって、その日、嬉しいことがあったらそれでいいじゃないですか。うちらはラオスにおいては、ミッキーみたいな、珍しくて特別な存在です。

だから、スターとして、愛想よく笑顔で、一生懸命、手を振り返し続けていました。



…続く




  

DAY2 その2

川渡を終えると、そのあとはクルマが入ってこない道なのか、かなり細くなり、そして荒れてきました…






雨季ということもあって、ドロドロのヌチャヌチャ (;´∀`) 2枚目の写真はニャイの後輪に巻き付いた蔦を取っています。道幅が狭く草木も南国ならではの勢いで濃く生い茂っているので、ちょっと脇にそれるとこうなってしまうんですね…





バイクはドロドロですが、GOさん笑顔w どろんこ好きライダーですから、こういうのはこういうので楽しいわけですよ (*^-^*)ゞ まあ、それにこれまでのところ、登れないような、走れないような、MAXの難所には出会ってないので、気を付けてゆっくり走れば大丈夫なのです。





しかし、ちょっと走ったら、また出ましたよ…(^^;)




さっきより細い川ですが、川を見た瞬間に「これ無理でしょ! 引き返す?」って自分はみんなに聞きました orz





歩いて入ると膝ぐらいで、深さ的にはさっきの川と変わらないんですが、今度は流れが速いんです。写真ではよく分からないと思うし、「バイクで渡る」ってことを考えなければ別に急流でもなんでもないんですが、経験上、この流れはヤヴァイ…



まあ、ここを渡らないと先に進めないらしく、仕方ないので、みんなで協力して渡ることにしたんですが、どのくらいヤヴァイかというと、



この写真の赤い線を狙って押していくのですが、





3人がかりでバイクを支えているのに、わずか5mほどでこれだけ流されています。水の流れの力って圧倒的なんです。そして、バイクはタイヤに空気が入っていますから浮き輪のようなものであり、流れでタイヤがすくわれてしまい浮き上がってしまって抑えがさらに効かなくなります。

万が一、川の中でバイクを倒してしまったとき、エンジンがかかっていると水を吸ってしまいます。シリンダーに水が入ってしまったら、もうアウトに近いので、川渡をするときはエンジンを切っておくのが正解。エンジンが切れていれば、水没してもすぐに立て直せばなんとかなるはずなんです。





みんなで協力し合って、すべてのバイクを向こう岸に渡すことが出来ました。無事で良かったぁ ( ´ ▽ ` )ノ











この川渡2で、みんなヘロヘロになったので、近くの民家&小屋で休ませてもらいました。このあたりの住居はみんな高床式になっていますね。休憩で座っているところは、風がよく通って気持ちよかったです。うちらが休んでいると、わらわらとどこからともなく人が集まってきましたw まあ、ニャイがいるので、説明などは彼に任せていたから、日本人ライダー達はなにかとラクでした ノシ




…続く




  

DAY2 その1

温かい食事、冷えたビール、リラックスできるマッサージ、清潔なホテルで一晩を過ごし、ラオスツーリング2日目の朝を迎えました。




写真では分からないかと思いますが、朝からしとしと雨が降ってます…(;´∀`) でも、快適なホスピタリティでリセットされたので、気持ちはメゲません。今日も走るのが楽しみです!

うちらのバイクの横に止まっているピックアップトラックは、どうやらタイ人のお金持ち一家のようでした。身なりの良い子供二人は、ひたすらDSで遊んでいましたよw





「ホ・テルはリバーサイド」だったので、川を眺めながら朝のコーヒー。晴れていたらかなりの景勝地だったんでしょうけど、ガスっていて遠くは見えないので、自分の洗濯物を眺めています ( ̄∀ ̄ )







朝食はラオスのヌードル。ベトナムのフォーに近いというか、まあ見た目から想像できる味で、淡白で美味しかったです。写真には出てきませんが、このあとさらにラオスのパンケーキも追加でオーダー。食える時に食っとかないと (`・ω・́)ゝ





そして、ガソリンを満タンに入れて2日目を出発! ホテルのあった街を離れると、すぐにダートが始まります(というか、舗装は街の周辺しかありません)。このあたりは街が近いためか、道は平たんなフラットダートで、雨季のこの時期だったので、ところどころこうして水たまりがありますが、ドライだったら結構なペースで飛ばせる感じの緩い道が続きます。





田んぼで女の子が農薬をまいていました。産業らしきものがないラオスでは、農業、林業などの一次産業がメインなのでしょうね。朝、走っていると数人ずつ固まって歩いていく人たちをよく見ました。みんなで田んぼや畑、森に出勤するところだったのでしょう。







ようやく日差しが! 雨は覚悟しているとはいえ、やはり太陽の光があるとテンションあがります \(*^▽^*)/

そういえば書いていなかったかもしれませんが、ラオスは右側通行なので、バックミラーは左側だけ付けています(日本で林道ツーリングだと、自分は右側だけ付けていましたね。バックミラーって結構邪魔なもので(^^ゞ)。GOさんとニシオさんは破損を嫌ってバックミラーは両方とも外していました。まあ、ラオスの法律的にはバックミラーがあろうがなかろうが関係ないようです。壊れたのか外したのか、タイカブたちにはほとんどミラーが付いてませんし(^^;)





そうして走っていくと、ついにそれに遭遇しました…




じゃかじゃん、川渡でーす! …まあ、トラブルなんですけど、だいたいオフロード好き、どろんこ好きはこういうアドベンチャー的な要素が大好きなわけですよw とはいえ、向こう岸からタイカブを押してきているように、ここは村の生活道路であり、みんなこの川を渡って生活しているわけなので、それほど危険なセクションではありません。





川渡では水中が見えませんし、まずは歩いて渡って、川の深さ・川の流れ・川底の路面を確認することが大切。ニャイが率先して調べてくれました。





川渡で止まっていると、あっという間に村人が見物に集まってきました。生活の足のメインはタイカブであるラオスで、オフロードバイクなんて超高級車です。日本で言う、レクサス・ベンツどころか、フェラーリ・ランボルギーニみたいなものであり、物珍しがってみんな見に来るのです。









さあ、意を決して渡河に挑みます! ラリーモンゴリアで学んだのは、川渡のときはエンジンを止めてみんなで支えながら慎重に進むのがベストです。エンジンをかけていると万が一、倒れたときに水を吸ってしまいますし、川の流れはすごく強いのでバイクの左右で支えていないと怖いわけです。川が深ければ深いほど、水の抵抗、水の流れは重くなるのでより多くの人数が必要になります。





幸いにして、この川は膝下ぐらいの水深で、流れは穏やかでしたので、特に問題なく渡河成功! こういう冒険的なことは日本の林道ではまずやることがないですから、楽しい思い出なのですよ (^_-)-☆





村が増水で分断されて、大変そうな大人を横目に、子供たちは水遊びではしゃいでいました。このあたり、世界どこにいっても変わりませんね ノシ



…続く





  

DAY1 その3

雨は降り続きますが、走らなければゴールは出来ません。もはや「晴れてくれ」という望みは捨てて、雨を気にせず走り出します。




ここまで走っているところは辛そうな写真ばかりですが、実は、こうして一日中、雨に降られていたのは3日間のツーリングのうち、この初日だけで、2日目と3日目は、基本的にカッパなしで大丈夫で、雨はたまに降るぐらいだったんですよ。



そして、17時頃、本日の宿に到着でーす!






ここまでの道中、人がいるのは「集落」というようなレベルのところばかりだったので、「宿もその延長線上だろう」と思って期待していなかったんですけど、あらびっくり! 普通にきれいなホテルでした O(≧▽≦)O ワーイ♪





レストランはこんなところでリゾート施設っぽい小奇麗な感じですし








宿泊棟は離れになっていて、部屋は豪華ではありませんが、シンプルで清潔! いや、ありがてぇ、ありがてぇ ヾ(〃^∇^)ノ





部屋に温水のシャワーもあるので、さっそく体を綺麗にすると同時にウェア類を洗濯。もう、雨と汗でぐちゃぐちゃで臭~くなってますからね(^^ゞ 明日からも快適に過ごすために、水があるなら毎日洗います。ホテルのランドリーサービスもあるのかもしれませんが、基本的にウェアは自分でシャワーを浴びながら洗うのが常です。ヘルメットやブーツ、各種プロテクターも手洗いしなくちゃならないし、ここは自分でやりたいのです。

そして、荷物をバイクに縛っていたゴムロープがここで活躍! 洗濯紐にもなるので、なにかと便利なわけですよ (^_-)-☆

ただ、惜しむらくは、せっかく持ってきていたファブリーズの蓋が緩んでいて、荷物のなかで全部こぼれてしまっていたこと…orz 洗っても洗っても臭くなるし、こんな天気ですから完全に乾かないかもしれないので、ファブリーズは実に効果的なんですけど残念です。







なんで、こんなちゃんとしたホテルがあるかといえば、どうやらここは外人向けの観光拠点のようです。風光明媚な景色で、ホテルの看板によれば、トレッキングツアーやボートツアー、MTBでのトレイルライドなども行われているようです(乾季にね(^^ゞ) なんてったって、ラオスに来て初めてATMを見ましたもん、こんなとこでw



ちなみに、今回の写真は『RICOH PX』という防水カメラがメインで、一部、『iPhone5』で撮っています。ポケットに入れていたので、雨でレンズが濡れて曇っているのはご愛嬌(;´∀`) ただ、どうもこのPXは色がよくないのと(ブログにアップするときは一応、画像補正をして色を修正しています)、暗いところのフラッシュなし撮影で極端に解像度が下がるのであんまりよろしくなく、そして逆に、iPhone5のカメラは実に優秀なので、次回からはiPhoneに防水ケースを付けて、「カメラはiPhoneだけでいいや」って思っているところです。







みんな笑顔で至福の晩餐! 冷えたビヤラオ(ラオスのビール)と温かい料理に舌鼓。このビヤラオがすごく美味しいんですよ ( ´ ▽ ` ) ニシオさんは「ビヤラオは俺の中で世界三大ビールに入るね!」ってよく言っていました(あとの2つがなにかは定まっていないようでしたがw) 残念ながら、日本でビヤラオを飲めることはまずないでしょうけど、ラオスではなくても東南アジアに行くと飲める可能性があるので、もし、どこかで見かけたら試してみてください ノシ







食欲が満たされたら、次は●●●… 街灯なんかないので、店からこぼれる灯りだけが頼り、iPhoneの懐中電灯を照らしたりしながら、夜のラオスを右往左往して『その場所』を探します ( ̄ー ̄)ニヤリ






はい! 無事にマッサージハウスにたどり着きましたw いや~、疲れた体にラオス古式マッサージは気持ちよかったですよ <( ̄∇ ̄)ゞ




…続く



  

DAY1 その2

人間、腹が減っていれば衛生状態云々なんて言っていられず、目の前にあるようやくありつけた昼食をガツガツ食べていたら、さっきまで青空も見えていたというのに、いきなり滝のような豪雨が降り出しました…




まあ急ぐ旅でもないので、もう、こうなったらのんびり構えて雨が弱くなるのを待ちます。と、ここでニャイからショートカットの提案。本来のルートではこのあと、川渡りを2か所して80kmほど走るはずだったのですが、すでに時間は15時近く。その川渡りをしなければ今日の宿まで45kmほど短縮できるとのこと。もちろん、ここまでたっぷりとダートを堪能して満足していますので、3人とも「さっさと宿に行こう!」ってことでショートカットすることになりました。


ラオスのツアー会社との折衝はニシオさんに一任していたのですが、ニシオさんがあらかじめ「今度行くメンバーは国際A級(GOさんのこと)と、国際的ラリースト(俺のこと…)が一緒だから、ベリーハードルートにしてくれ!」ってオーダーしていたそうです (;´∀`) GOさんはともかく、自分はそんな凄いライダーじゃなくって、いわばラリーを楽しむ、【サンデーラリースト】なんですけどw (ちなみに、ニシオさんはオフロードを走るのは10年ぶりぐらいとのこと)

そんな前振りをしていたので、あとで聞いたらガイドのニャイは「速すぎてついていけないんじゃないだろうか…」とナーバスになっていたそうですが、そんなことは全然ないというか、道を知らないツーリングなのだから、常にニャイが先頭であり、ニャイのペースで走るんだから大丈夫なわけです ┐(´ー`)┌

ニャイはバイク歴2年ということですが、こんな林道だらけの国だし、ガイドを仕事にしているぐらいだからライディングのセンスもあって、2年にしては上手いです。でも、まあペースは自分が日本で普通に林道ツーリングをするときよりもかなりゆっくりというか、そのニャイが危なくないペースで走るので自分はかなりの余裕を持って走ることが出来ました。



若かりし頃、新潟大学オートバイ部の連中と林道ツーリングに勤しんでいた頃は、林道でも「速いヤツがエライ!」ってな感じで、速い順番に並んで走り、後ろをチギることが栄誉みたいに飛ばしていましたけど(ガケから落ちたヤツも、よくいたしなぁ(^^ゞ)、もはや自分も40過ぎのオヤジだし、速く走るのはレース、ツーリングは旅を楽しむっていうのはいい加減にわきまえてきましたから、こういうゆったりしたペースでいいです ( ´ ▽ ` )ノ

でも、ゆったりしたペースのツーリングでもダートはダート。どこに穴が開いているか、どこに落石があるかなど、危険は山盛りですので、自分はラリーやエンデューロレースに出るときと同じく、ネックブレイス(頸椎を保護)やニーブレイス(膝関節を保護)など含めて、安全装備はフル装備で走りました。

もちろん安全装備をしていれば絶対にケガをしないというわけではないですが、安全装備を外した状態で事故ってケガをしたとき、『もしあれを付けていればこんなケガをしなかったんじゃないか…』なんて後悔をしたくないので、ただのツーリングには仰々しくても、安全装備を外す気になれないんですよ。

もし、法律で禁止されていなくても、ノーヘルでバイクに乗る気にはなれないでしょう、それと一緒です。自分の身は自分で守らなければならない、自己責任です。







そうして雨宿りしていると、一台のトラックが入ってきて、市場がにわかに活気づきました…





なるほど、屠殺場から直送で肉を持ってきたんですね。聞いたら、これは水牛の肉だそうで、肉塊を包丁というかナタみたいな感じで叩き切って小売りしていました。





昼食をとったスープ屋さんの後ろには竈があり、さっそくいま来たばかりの水牛の肉をその煙で燻して燻製を造っていました。このスープ屋さんはこの大きな鍋ひとつで臓物のスープを煮込んでいて、そこにいろんな味付けをしたり、麺を入れたりして料理を出していました。この大きさですし、何日も何日もつぎ足しながら作っているのかな? どーりで良い出汁が出ていて美味しかったです(繰り返しますが、【幸いにして】うちらは腹を壊しませんでしたw)





少し雨が収まったので、これ以上、待っていても暗くなってしまうし、意を決して出発。町はずれのガソリンスタンドで給油していると、地元の人もガソリンを買いに来ていて、バイクではなくペットボトルにガソリンを詰めていました。







結局、この日はずっと雨に降られていました。道中の集落にあるコンビニらしき雑貨店で休憩。ペプシがたまらなく美味でした。体が冷えて疲れてくると体が甘いものを欲するのがよく分かります。





ガソリンスタンドは大き目の街しかないので、各集落ではこうやって瓶にガソリンを詰めたりして小分け販売しています。さっきのペットボトルで買いに来た人も誰かに売るのかもしれませんね。

前に書いたようにラオスではガソリンがめちゃくちゃ高いですから、満タンにしないで少しずつガソリンを買うのでしょう。燃費の良いカブ系のバイクが大人気なのもうなずけるし、その貴重なガソリンを使って走るのだから、後ろや前に人を載せて走ったり、大量の荷物を運んだり、ラオスの人達は必然性があるからバイクに乗っているわけです。



よその国まで来て、意味もなくただ走るだけ、ガソリンをまき散らすだけの外国人ツーリングライダーの自分達… なーんて罪悪感は感じません (゚ε゚)キニシナイ!!  これは自分が日本で稼いだお金で走っているのですから、存分に楽しませていただきます!










…続く


  

DAY1 その1

ルアンパバーン周辺の市街地を抜けて未舗装路に入ると、ここからは、逆に舗装路を見ることはツーリング中の3日間ほとんどありませんでした w(*゚o゚*)w





日本で林道ツーリングというと、わずか数km~10数kmの未舗装をを求めて、高速道路を使い延々と他県まで走っていくものですが、ラオスは本当に全土が林道! ほとんどが山地の国であり、道が舗装されていないので自然と日本で言うところの『林道』となるんですw

これまで走った海外、オーストラリア、北米、BAJA、モンゴルなどでは広大な大地、地平線まで続くダートロードという日本ではありえないシチュエーションに憧れていったようなものですが、ラオスの道はくねくねと曲がる山道で、まさに日本の林道ツーリングなんです。だから、この連載のタイトルを『林道天国』としたわけです。






バイクは自分たち3人がHONDAのXR250で、タイヤはニシオさんが手配してくれタイから新品のモトクロスタイヤを送ったのですが、輸送が遅延して、自分たちがラオスに到着した昨日、ニャイが郵便局からようやくそのタイヤを取ってこれたというぎりぎりのスケジュールでした (^^ゞ

で、昨日、ニャイが3台のタイヤを交換してくれたのですが、前述のようにチェーン調整がなされていなかったり、チェックしたら空気がパンパンで、空気圧計がなかったのでわかりませんが、手の感触では1.5kg~2.0kgぐらいの空気圧がありそうな感じ…

普通、ダートを走るときは空気圧を0.8kg~1.0kgぐらいにするんです。この空気圧の低さがとても大切で、グリップが全然違います。空気圧計はないので、タイヤを押した感覚でしか分かりませんが、「1kgだと、だいたいこのぐらいだろう」というところまで空気を抜いておきました。


ニャイは空気圧についてよく分かっていなかったらしく、日本人3人が空気を抜いているのを「なにをやっているんだろう?」というような感じで見ていて、うちらが「ニャイも空気を抜いたほうが走りやすくなるよ」って言っても、にこにこ笑ってそのままパンパンの空気圧で走り続けていました(;´∀`)

…でも、翌日、2日目にかなりガレ場やマディのハードルートがあって、日本人3人はクリア出来るのに、ニャイだけタイヤを空転させながら四苦八苦していたので、強制的にタイヤの空気を抜いてあげましたけどw






GOさんが『GoPro Japan』の方なので(いまの日本総代理店は『GoPro NIPPON』w その辺の経緯は割愛します…というか自分も詳しくは聞いてません)、今回、3人でGoProで動画を撮影。

自分のレンタルバイクには前の誰かが付けたマウントがフロントブレーキリザーバータンクに付いていたのでそこに付けてみましたが、車体に付けると振動が多くてダメでした ┐(´-`)┌  あとで、ヘルメットマウントに変更です。






ときどき休みが入りますが、先頭のニャイは結構、走り続けます。日本人3人は物珍しいのでちょくちょく止まって写真を撮ったりしたかったのですが、ニャイには見慣れた普通の景色でしょうから、ルートを進めることを優先しているようです。

この写真を見ると、ホントに日本の林道のようでしょ。植生も、今回は知ったラオス北部はそれほど南国っぽくなくて、なんか日本と似たような感じなんですよね。






ひさーびさの人工物、橋です! ずーっと林道でしたから、ただ橋があるだけでも止まって記念撮影をしたくなってしまいますw









お昼近くになって、沿道の集落で休憩。時間的にもう12時を過ぎていたので、「ここで飯かな?」って思ったんですが、ニャイが交渉した結果、「いまご飯を作れるものが村から出ていていないから、食べさせるものがない」とのことで食べ物にはありつけず… 飯を求めて走り続けることになります。






そして、そこから走り続けること1時間強、14時近くになってようやく街らしきところに到着! 青空も見えてきました。









市場でニャイがあちこちの店を物色し、食料を調達。様々なところで買ってきた食料をまとめて、スープ屋さんの食卓を借りて食べることになりました。












この日の昼食は贓物のスープと、なにかの草の佃煮、そして主食のもち米、デザートのバナナです。もち米はみんなで皿から手づかみで取って、丸めてスープい付けたり佃煮につけたりして食べます。ラオスの料理は基本的にはタイほど香辛料を使わず辛くはないです(辛いものもあります)。味は腹が減っているのでなんでも美味いっすw

そして、写真からは伝わりにくいでしょうけど衛生状態はかなり悪いです…(-_-;) ハエがびゅんびゅん飛び回って皿の上を這いずり回り、それをよけながら食べていきます。これはもう文句を言っても仕方ないところなので、覚悟を決めて、「えいや!」と食べるしかありません。なにせ、腹が減っては戦は出来ぬというか、生きるために走るために、なにかを食べなければなりませんので (‘・ω・́)ゝ



幸いにして、今回の旅行中、3人は腹を壊すことはありませんでした (* ̄▽ ̄*)



…続く



  

雨のにしあざ…いや、ラオスw

ツーリングの出発は8時で、「食事は7時にしましょう」ということだったんですが、6時前には自然に目が覚めました。小雨が降っていたけどホテル周辺を散策。7時前にはホテルの人が動き出したので、一人で先に朝食をとっていたところ、ニシオさんとGOさんも合流。




パイナップルジュースとパンケーキ、ブレッド、フルーツ、コーヒーを、川を眺めながらいただく朝食は、実に優雅で穏やかに時が流れていました…ここまでは (;´∀`)

もう、朝からずっと雨が降ってますから、このあと雨の出発になるのは目に見えていて、「あー、ドロドロかぁ」ってのが分かり切っていたのですが、まあ、それはみんな覚悟の上だったので、いいんです。アジアの雨季は日本の梅雨とは違い、一日中、雨が降り続くわけではないので、どこかで晴れてくれることを期待します。






集合時間の8時にはディレイしてしまいましたが、タイムに追われるラリーではなく、急ぐ旅でもないので自分たちの都合で動きます ( ̄ε ̄〃) ツアー会社の前に並べられたマシンは3台ですべて、HONDA XR250でした(ガイドのニャイはYAMAHA TT-R250)。

どれが誰に割り当てられているわけでもないので、それぞれでなんとなく選びました。レンタルマシンですから、どんな不具合があるかも分からないので、見た目が良くてもダメかもしれず、ここは運の勝負w そして、自分の命を預ける相棒ですから、出発前に自分で各部をチェックし、レバーやペダルのポジションを直したりして3日間のライドに備えます。

今回、レンタルマシンということで整備状況は、「まあ、動けばいいだろ」ぐらいで思っていたのですが、タイヤだけは新品を入れています。これはツアー会社に頼らず、ニシオさんがタイの知り合いに依頼してIRCのエンデューロタイヤをタイからラオスに空輸してもらい、事前に自分たちの3台に履かせてあります。

このタイヤ輸送で3万円ほどかかりました。ツアー代金が5万3000円でタイヤ代が3万円というと高い気がするかもしれませんが、オフロードではとにかくタイヤの性能が物をいうので、楽しく林道を走るために、ここだけはこだわって贅沢しているんです。






さあ、いよいよラオスの林道を味わい尽くす旅に出発! ラオスは右側通行なのですが、ガイドのニャイが先導してくれるので、わりとすぐに慣れることが出来ました。まあ、他のクルマが走っていたり、交差点で気を付けなければならないのは、この出発したルアンパバーンの街ぐらいなので、それほど右側通行ということを強く意識しなくても大丈夫。


ちなみに、ラオスでは一回も信号機を見ませんでした w( ̄▽ ̄;)w ルアンパバーンですら信号はなく、交差点はロータリーだったり、4方向一時停止だったりです。それでもラオス人気質なのか、クラクションが鳴りひびくこともなく、みんな、ゆったりと譲り合いながら走っていて、道路を走っていて怖いと感じることはなく、穏やかな気持ちで走ることが出来ました。






走り始めて5分ほどでニャイが道端にストップ。なにかなって思ったら、雑貨屋で空気入れを買ってましたw 今回の旅では工具やスペアチューブはニャイが持っているとのことなので、自分たちは工具を持っていません。これだけでもだいぶ荷物が軽くなるので楽なのです。






街から出る前にガソリンスタンドで給油。3台とも4スト250ですから、ここで満タンに揃えておけば、航続距離がだいたい合うわけです。

ガソリンは1Lで130円ぐらい。日本貿易振興機構(ジェトロ)の発表では、ラオスの製造業の一般工の月額基本給は2013年度、ラオスの首都ビエンチャンでUS $132ということなので(お隣のタイは$345)、日本の1/15程度でしょうか。このガソリン代はめちゃくちゃ高いです。今回のツアー中はガイドのニャイが食事などをすべて支払っていたから、ボラれる心配はなくて現地価格なわけですけど、見ているとビール1本130円ぐらいで、これもめちゃくちゃ高いです。

そして、このあとのツーリング中の写真をみると分かりますが、ルアンパバーンから少し離れると、もう産業らしい産業はまったくなく、農業、林業といった自然から収入を得る第一次産業しかありません。ウィキによると2011年で「1日2ドル未満で暮らす貧困層は国民の60%を超える412万人と推定されている」とのことであり、ラオスの人にとって物資不足、インフレはたまったものじゃないんでしょうね…






と、このガソリンスタンドで早くもトラブルというか、GOさんのバイクはチェーンの遊びがまったくなくて、常に抵抗がかかっているような状態であったので調整。恐らく、うちらが依頼したタイヤ交換をするときにチェーンの遊びをちゃんと見ていなかったんでしょうね ┐(´-`)┌

あと、GOさんのバイクはリヤのブレーキパッドの残量0で、ベースでブレーキをかけている状態だったし、自分のバイクはオイル吹きまくりで低中速トルクがスカスカだったし、フロントのブレーキキャリパーが固着していてタッチがカックンでした… まあ、仕方ない、その辺はレンタルバイクなので我慢するしかないです (^^ゞ






また、チェーン調整中にみんなのマシンをチェックしていたら、ニャイのTT-Rにこんなステッカーを発見! 「赤男爵」ならぬ「EDO BARON」でちょんまげ男爵が描かれていましたw



こうして走り出しながら、整備などを済ませ、ルアンパバーンの街を抜け、ようやくツーリングがスタートした感じとなりました。先頭がニャイ、続いてニシオさん、自分、GOさんの順番で走ります。

走る順番って2番目の人が一番ラクなのです。先頭がラインを見せてくれるし、前にバイクがいないから視界も良好、トラブったときも後ろが助けてくれます。ニシオさんはオフロードを走るのが10年ぶりぐらいとのことなので、このポジショニングにしました。そして、一番上手いGOさんがトリを務めるわけです。

このメンバーでのツーリングが決まった時、日本屈指のラリースト、小栗伸幸さんからGOさんに電話がかかってきて(3人とも小栗さんと友達で、小栗さんは3人の走りを知っています)、「いいか、あの二人は危ないから、お前が無事に日本に帰すんだぞ!」と指令が入ったそうです (^^;)



そして、ルアンパバーンから舗装路を40kmほど走ったところで、いよいよ、林道、というか未舗装路に突入!












さあ、始まったぁ!




…続く


  

ラオス入国!

飛行機から徒歩で降りて、滑走路をてくてくと歩いてイミグレのある建物へ。あっさりと入国審査はクリアし、預け入れの荷物もすぐに出てきて(建物の壁に穴が開いていて、外から中のベルトに荷物を入れているのが見えましたw)、無事、ラオスに入国!

空港の外には、今回のツーリングツアーで自分たちのガイドを務めるニャイが送迎のクルマとともに待っていてくれました。




自分たちが到着したのはルアンパバーンという町です。ラオスの首都はヴィエンチャンですが、観光の中心となるのは北部のここ、ルアンパバーンで、人口6万人ほどとのこと。









そして、そのまま空港から15分ほどで、ツアー会社『JEWELL TRAVEL LAOS』に到着。3日間、ガイドが同行しながらラオス北部をまわり、バイクレンタル、ガソリン代、宿泊費、食事代、飲み物代(清涼飲料水のみ、ビールが欲しいときは自腹)すべて込みで、US $530です。

自分で海外にツーリングに行くことを考えたら、ずいぶんと安上がりというか、いままで、自分がBAJA1000に出たときには130万円ぐらい、ラリーモンゴリアに出たときは400万円ぐらいかかってますから、それに比べたら5万3000円って… ノ( ̄0 ̄;)\オー!!ノー!!!!

海外を走るには、なにも自分のバイクを持って行ったり、レースに参戦したり、そんな本格的に気合を入れていかなくたって、こうやってツアー会社を使ったレンタルで気軽に行くのもアリアリですよね。

ホント、今回のラオスの旅は、話を聞いてからわずか1ヶ月で出発だったし、特になんの準備もせずにお気軽に遊びにきたんですけど、これまで自分が海外を走った、オーストラリアツーリング、北米大陸ツーリング、BAJA ライディングツアー、BAJA1000参戦、ラリーモンゴリア参戦、いずれと比べても、その濃厚さはそん色なく、実に楽しかったんです! 思い出の素晴らしさは、かけたお金ではなく、内容に左右されますね、ホントに。









そして、ルアンパバーンでの宿はこちらの『サイナムカン リバー ビュー』というホテル(ここはツアー代金には含まれません)。はじめに「3500円ぐらい」って聞いていたので、「まあ、ちょっと小奇麗なビジネスホテルのレベルぐらいかな?」って予想していたら、なんですかこの豪華さ!

素晴らしい調度品でキレイに掃除も行き届き、この宿には到着のこの日とツアーから帰って来てから寝る日の2日だけしか泊まらないのがもったいないぐらい。いや、しょっぱなから素晴らしいわ (* ̄▽ ̄*)にゃは









ツアー会社とホテルがあるところは、ルアンパバーンの外国人観光客の拠点、サワンウォン通りです。観光客が集まるところとはいっても、ここはタイのカオサン通りとは違って、高級な感じがただよっています(お店の価格も高級(;´∀`) ちょっと食べると500円ぐらいいきます)。

自分はよく分かりませんが、なにやら高級そうなクルマが止まっていました。その後ろに写っているのがラオスのトゥクトゥク(三輪車)。こちらのトゥクトゥクはタイのものと比べて屈強で車高が高く、人数も多く乗れるものですね。









その高級観光客街でも、ちょっと路地に入ればこんな感じ。ただ、それほど汚い感じはしません。ラオスの人は中国やインドとは違ってゴミをそこらに放置したりはしないようで(もちろん、日本ほどの潔癖ではありませんが、比較的にという話で)、不快な感じはしませんでした。

普通の人はガスではなくて、薪で炊事するのですね。そして、鶏があちこちで歩いていましたが、それが今晩のごちそうになったりするんでしょうね (^^ゞ















明日からのツーリングを祝して、ロンリープラネットで絶賛されているという洒落たレストランでディナー。欧米人に人気で、自分達は予約していきましたが、ほどなく満席になり、予約なしの人は断られていました。

ここはオーナーがフランス人らしく(食後にあいさつに出てきていました)、ラオスフードですが、基本的にそれほどクセのあるものはなくてどれもおいしくいただけました。ハウスワインもおいしかったです。…でも、一人2000円近くかかりましたから、かなり高かったですがw



このあと、みんなでナイトバザールに行こうって言ってたんですが、自分はホテルに戻ったら着替える間もなく爆睡。明日からの林道三昧を夢見て幸せな眠りに落ちました。


さあ、明日からいよいよ走ります (0゚・∀・) ワクワク




…続く



  

暗雲立ち込めますが、まあ、こんなもんでしょ (^^ゞ

0:30、羽田発バンコク行きのANA NH173に搭乗。7時間ほどのフライトなので、「寝る前と朝飯の2回の食事かな?」って思って、なにも食べずに乗り込んだのですが、深夜便は夕食出ないのね…orz

最初に配られたお菓子をボリボリ食べてなんとか小腹を膨らませ、Nexus7にダウンロードしておいた『宇宙兄弟』を読んでいるうちに眠気がきて、長かった出発日が終わりました。



そして、ラオスへの経由地、タイのバンコクに到着! 学生時代に何度も来ていたタイですが、いまはスワンナプーム国際空港っていう世界一の広さを誇る新しい空港になってるんですねぇ w(゚o゚)w オオー!

空港にはフリーWifiが張り巡らされていて、さっそく、iPhoneとNexus7とASUSノートパソコンをネットに繋いで満足ですw




とはいえ、到着は現地時間の朝5:30で、次のラオス、ルアンパバーンへのバンコクエアウェイズ PG941は9:40発と、乗換までまだまだ時間があります。

いつもなら、ベンチで寝てるんですけど、今回、一味違います ( ̄ー ̄)vニヤリッ GOさんがプライオリティパスを持っているので、空港ラウンジに入れたのです!




アルコールを含め、飲み食い自由なので、GOさんとプチ宴会w いままでも、何度か「ラウンジ良いよ~」って話をあちこちで聞いてはいたんですけど、実際に入ったことがなかったのでどんなものかは知りませんでした。いや、でもホントにいいわぁ、コレw

どうやら、ビジネスのクレジットカードなら、ちょっと良いカードにはプライオリティパスがおまけでついてくるようなので、帰ったら会社のカードを造ろうと決心した次第です (プライオリティパスの通常の年会費は$399ですが、この正規料金を払っている人なんていなくて、みんなクレジットカード付帯で取るんでしょうねw)

実は今回、JALに乗ったニシオさんは、エコノミークラスが満席でビジネスクラスにクラスチェンジしていました! 旅人のあこがれの事態ですが、いままで自分はビジネスクラスに乗ったことは一度もないんです… ニシオさんはJALのマイレージの会員で、どうやら会員だと優先的にアップグレードされるらしいです。

また、マイレージを貯めるとビジネスクラスにチェンジ出来たりするし、ちょっと真面目に貯めてみようということで、そのためにもマイレージを貯められるビジネスのクレジットカードを取得しようと思った次第です (^^ゞ



さて、そんなこんなで、出発時間にはニシオさんとも合流。…じゃかじゃん、コレがラオス行きの飛行機です!




おう! レシプロですよ w( ̄▽ ̄;)wワオッ!! これまた、こんなの久しぶりに乗るなぁ、カッコいい! 確か、昔、バンコクからインドに飛んだブータンエアラインがプロペラ機だったけど、それ以来かなw



しかし、乗り込んだそばから雨が降ってきました…




いま(9月)ってアジアは雨季なんですよね… まあ、雨は覚悟していたんですけど、初日からこれかぁ。去年のモンゴルも散々、雨にたたられたし、どうやら自分は雨男ということは確実なようです (;´∀`)






いよいよ、ラオスの台地が見えてきました! どこもかしこも山と森だらけ、いいですねぇ~ (0゚・∀・) ワクワク



…続く

  

いざ、アジア最後の秘境へ!

9月4日、いよいよ『ラオス☆秘境ツーリング』へ出発の日となりました。フライトは4日の深夜というか、5日の早朝0:30ですので、4日は朝から仕事でGusnmithバトン 本店←→アキバ店の輸送を行い、わりとあっさり「じゃ、行ってくる」と留守中をシャインズに託し、最後の晩餐を自宅で家族と済ませてから、電車で羽田空港に向かいました。

これまで何度も海外に出てますけど、羽田空港発は初めてです。今回はすべての段取りをニシオさんとGOさんに任せていたので、GOさんが、「じゃあ、僕と一緒の飛行機を取っておきますね」と言ってくれたのでお言葉に甘えました。羽田0:30発→バンコク05:20着のANAと、バンコク10:05発→ラオス・ルアンパバーン12:05着のバンコクエアウェイズです。

初めて、羽田の国際ターミナルのほうに入ったわけですが、スンゴイきれいだし、なんといってもこの深夜発着の便が便利!(成田は夜の離着陸できませんもんね ┐(´-`)┌ ) 寝ている間に着けるし、上記のように日中に仕事出来るから時間を無駄にしません。海外というと成田という頭があって、いままでチケットを取るときは成田からしか検索していなかったけど、これからは羽田メインに考えていこうっと ( ´ ▽ ` )ノ


ニシオさんとGOさんは二人とも神奈川なので高速バスで羽田に来ていて、無事、合流。GOさんは一緒にBAJAに行ったなかですし、今回のお誘いもGOさんからでした。ニシオさんとは、ダートスポーツ、ガルル編集部時代にバイクショップの『アブソリュート』のほうにたびたび取材に行っていたので、何度かご挨拶はしたんですけど、そのときはパーツ開発会社『アブソリュート』の社長さんであるニシオさんとは接点がなく、ほとんど話したことはなかったんです。なので、顔は知っていたのですが、ここであらためてご挨拶しました。

さて、バイク乗りにとって、毎度毎度トラブルのもとなのがチェックイン。ヘルメット、ウェア、ブーツなど大量の装備+普通の海外旅行の着替えを持っていかなければならないので、よく重量制限にひっかかるのですよ… 今回、ANAは23kgということで計量していったのですが、そのあとのバンコクエアウェイズが20kg制限。知ってはいたんですけど「ANAで乗るから、3kgぐらい見逃してもらえるだろ」って考えていたら、「23kgだとANAは大丈夫ですが、バンコクエアウェイズが重量超過ですので、バンコクでいったん荷物を引き取って再度チェックインするか、追加料金をお支払いいただく必要があります」とのことで、重量超過だった自分とGOさんは、チェックインカウンターで慌てて預け入れの荷物から3kg分を機内持ち込みに移し、事なきを得ました (^^ゞ




ニシオさんはマイルを貯める関係でJALで、GOさんと自分はANA。30分ほど出発時間がずれるので、ここで別れますが、バンコクで落ち合ってラオス行きの飛行機は一緒に乗ります。

すでに深夜0:00ですが、二人ともニッコニコw さあ、アジア最後の秘境と呼ばれるラオスの旅へ出発!



…続く



  

旅の予算、旅行代理店の終焉…

今回、2013年9月5日~11日までの8日間、ラオスでの秘境ツーリングとタイでの実銃射撃に行ってきて、みなさんが一番気になるところ、「で、いくらなの?」にお答えします (‘・ω・́)ゝ


結論から言うと、総予算わずか24万円です Σ(゚□゚(゚□゚*)ナニーッ!!






これだけ盛りだくさんの旅行でこの価格ですから、納得のお値段! 内訳は航空券がANA(羽田―バンコク)とバンコクエアライン(バンコク―ラオス)で約11万円、ラオスのツーリングツアー代金が$530(約5万3000円、レンタルバイク込み)、ラオスとタイのホテル&タイヤ代が約4万円、ラオスでの換金が7000円、射撃ツアーはタイで現金で払ったのでタイでの換金が3万円でした。



今回の旅行の段取りはニシオさんとGOさんがすべて行ってくれて、自分はおんぶに抱っこでした <(_ _*)> アリガトォゴザイマス そして各種予約は二人とも特に旅行代理店を使うことなく、ラオス、タイのツアー会社やホテルに直接、連絡してブッキングしています。

二人とも旅慣れていますが、旅行業をしているわけではなく普通の人です。でも、これだけのツアーを組めてしまうのです。そう、インターネットのおかげでね (^_-)-☆



その昔、自分がバックパッカーをしていた20年前は、海外で予約することやスケジュールを調べることは一般人には至難の業でした。だから現地にルートがある旅行代理店を頼らなければなりませんでした。でも、いまはタイでも、アジア最後の秘境と言われるラオスでも、調べたいことがあればググればすぐに出てくる時代です。

『地球の歩き方』を片手に、旅行代理店に相談して、格安航空券と到着一泊目のホテルを予約し、空港から市内への足を調べて…って感じで昔は旅行前に段取りしていましたけど、いまは現地に着いてからでも、ネットに繋いで検索すればなんでも分かります。別に現地のホームページでなくたって、日本人の旅行記などで情報はふんだんにあふれていますから、特に苦労せずとも日本語でなんでも調べられます。

また、今回の航空券はGOさんにANAを取ってもらったのですが、旅行代理店を通すより、ANAで直接買ったほうが数千円安かったそうです。昔は、航空会社が個人客へのばら売りをするのが大変であり、旅行代理店がツアー航空券のパックをばら売りしていたわけですが、いまはこれも航空会社のネットから直接予約。航空会社も一回、システムを作ってしまえば自動ですから、個人相手にバラ売りしたってそのコストは別にかからないわけで、顧客の囲い込みもあって、これからもさらに、ますます便利に安く航空会社で予約できるようになっていくことでしょう。





こうして、旅行のセカイでも、旅行代理店という小売店がその役割を徐々に減衰させていく流通革命が起こっていて、ネット検索により個人旅行という概念すら変わっていく…


もはや、「秘境探検もネットでGO!」の時代になったわけです


さ、みなさんも、ちょろっとググって世界の果てまで行ってみませんか ( ̄ー ̄)vニヤリッ





『林道王国』 完 …ではなく、続くw


※連載上、タイ編を先にしたのでここで締めの言葉になりましたがw、ここから遡って、肝心かなめのラオス編が始まります (`・ω・́)ゝ どうぞ、オタノシミニ ノシ



  

タイ実銃射撃 その6

タイ国軍射撃場でのハンドガン(&M4A1)の射撃の後、クルマで移動し、クレー射撃場にやってまいりました (`・ω・́)ゝ クレー射撃は50発で3000バーツ(約1万円)です。







ここはサッカー場やアーチェリー場など、各種スポーツ施設が集まった一角にあって、タイではクレー射撃の設備が整っているのはここしかないそうです。






このクレー射撃場に来た日本人がみんな驚くのは、射撃場なのに街中にあり、バックにビルまで見えるということ w( ▼o▼ )w 後日、日本のクレー射撃場に見学に行ったのですが、確かに山の中にあって、後ろも左右も弾が絶対に外にでないように高い高い壁になっていました。









クレー射撃にはスキートとトラップの2種類があって、射撃ツアー会社の日本人スタッフにも、クレー射撃場の人にも、初心者にはスキートを勧められたのですが、GOさんが日本でトラップ射撃をやっていることもあって、みんなでトラップを撃つことにしました。

GOさんには、「50発撃って1枚も当たらないかもしれないけど、いいよねw」って軽く言われましたが、まあ、なにはともあれショットガンを撃ってみたかったのでお任せ (^_-)-☆

このクレー射撃上はきちんとした競技場だけあって、スタッフの人がクレー射撃のやり方をちゃんと教えてくれるのですが、うちらはGOさんから教わって撃ちました。






●クレー射撃トラップ 実射動画



本当は左右真ん中の3方向にランダムにクレーが射出されるのですが、自分とニシオさんが初めてなので、真ん中の射出だけに絞ってもらいました。

GOさんの教え方も上手く、自分は日本でエアガンのシューティングをやっていて狙うのには慣れているし、ニシオさんはタイで何度か実銃の射撃をやっているし、二人とも予想以上に当たって、3枚に1枚ぐらいは当てられました d(*⌒▽⌒*)b スポーツしている感じでとっても楽しかったです!






こちらはGOさんのフォーム。GOさんは右利きですが利き目が左なのでサウスポー。ここのレンタル銃には左用がなかったので、右用の銃を無理やり左で撃ってましたが、さすがによく当てていました。






これがクレー投射機。本来は競技では1つのクレーに対して2発まで撃つことが出来るのですが(レンタル銃も上下2連)。うちらは初心者ということもあって、安全のために1発ずつ撃っていました。










ラオスのツーリングを終えたあと、タイにたった一泊二日とは思えないほどの充実ぶりでした。今回のラオス☆秘境ツーリングツアーは、GOさんとニシオさんの企画に、自分はただ乗っかっただけで、すべての段取りをお二人がしてくれて、本当に感謝だらけです。たった●●万円、1週間という短時間でここまで楽しめるとは!


次回は気になる予算やラオスツーリングのノウハウをご紹介しましょう ノシ



…続く

  

タイ実銃射撃 その5

実銃街→エアガン街と見物していたら、実銃ツアーの集合時間11:30が近づいてきて、スピード重視でトゥクトゥクでホテルに帰ることにしました。

ホテルから来た時と違って、帰りは大渋滞にひっかかってしまったのですが、トゥクトゥクのおじさんががんばって裏道を使いまくり、ぎりぎりセーフ(^^ゞ 昨日乗ったトゥクトゥクのあんちゃんは、かなり怖い運転だったのですが、今日のおじさんは安全運転ながら、コース選びで時間短縮をしてくれて、熟練の技が光り、当たりでしたね( ´ ▽ ` )ノ



射撃ツアーの事務所はホテルからほど近い、タニヤプラザのなかにありました(※射撃ツアーを依頼したのは『Bangkok Shooting Tour』(タイ国軍射撃場事務所)という日本人経営のところで、ググると出てきます。)




うちら3人と、あと3グループ。合計9人で日本語の話せるタイ人のガイドの運転でタイ軍の射撃場に向かいます(事務所は日本人のおじいさんの経営のようでした)。軍の施設なので外側は撮影禁止、シューティングレンジのなかは撮影OKです。






インドアなので後ろに弾止めの土が盛られています。すでにターゲットが用意されていました。






射撃ツアーで撃てるハンドガンは、38口径のリボルバー、9mmのベレッタ、45口径のガバメントで、ラクな順にというか、この順番で撃っていきます。合計50発で、3000バーツ(約1万円)です。






弾込めはさせてもらえず、タイ軍の兵士さんが込めてくれるのを待って、いざ射撃!




初めて実ハンドガンを撃った感想は… 「あ、当たらねぇ…orz」ってことでした(^^;)





3つの銃で同じターゲットを撃つので正確なグルーピングは分かりませんが、10mの距離で撃っていてだいたい、15cm~20cmぐらいって感じです。これならエアガンで撃ったほうがよく当たりますw やっぱりエアガンと実銃は別物ですね、いくらエアガンでシューティングをやってるとはいっても、実銃のリコイル・音・火花にビビッてしまって、おっかなびっくり撃ってます。

撃つたびに、音と火花で体がビクってしちゃうし、特にリコイルをまったく制御できてなくて、動画の中で銃があっちこっちに跳ねまくっているのが分かるかと思います。


いや~、怖い怖い、実銃は怖いわぁ (;^▽^)







ちなみに、撮影はNGでしたが、ハンドガンのあと、オプションのライフル、M4A1も撃ちました (‘・ω・́)ゝ 今度は20m先のターゲットを狙ってこのぐらい。これまた、俺の腕ではエアガンで撃ったほうが間違いなくよく当たりますねw





しかし、事前にネットで読んだ記事では、実銃射撃の前に、しっかり撃ち方を教えてくれるとのことでしたが、いっさい安全に関する説明もなし。軍人さんが弾を込めてターゲットに向けて銃を宙にかざし、「ほれ」って感じで指示してそのまま握って、自分はただトリガーを引くだけです。撃ち終わると、さっと銃を取り上げられて、また軍人さんが弾を込めます。動画のなかで出てきますが、ジャムってもすぐに軍人さんが手を出してきてリロードします。

実銃ってもっと厳密に管理されているものだと思っていましたが、この射撃場では結構アバウトな感じでしたw いかにも観光客に撃たせるところであり、「ほら、さっさと50発を消費しろ」と流れ作業的に撃たされるだけです。動画のなかのガバメントなんて、笑っちゃうぐらいのロングマガジンが付いているでしょう。弾込め作業の簡略化のためですねw

まあ、それはそれで、初めての実ハンドガンを存分に堪能出来ました。次はこういうお試しではなくて、ちゃんとしたシューティングレンジで、しっかりと実銃の勉強をしてみたいものです ノシ



…続く



  

タイ実銃射撃 その4

実銃街のヤワラーで聞き込んだ、こっちエアガン街というサパーンレックまで歩いてきました。徒歩10分ぐらいなんだけど、これ、現地の人に聞かないと絶対に発見できないと思います (;´∀`)





道路からなんの看板もなく横に曲がると、こんな細い通路が2本並行して延々と200~300mぐらい続いています。そう、アキバのガード下のような感じのところにおもちゃ屋さんが集中しているんです。

もうすぐ、ここは再開発されるということで閉まっている店舗が多く、エアガン屋さんも3件しかありませんでした。これは、まず普通は観光客が見つけられるようなところじゃないですねw






ついにタイのエアガン屋(BB GUN屋)に突入 (‘・ω・́)ゝ 今日は実銃射撃もあるし、気張って「Gunsmithバトン」のシャツを着ていったので少し恥ずかしかったですが、まあ、タイ人にはただのガンマニアに見えたでしょう (*゚ー゚)>









展示されている電動ガンはJGが中心で、A&KやDboysもちらほらあり、本中華(中国本土生産のエアガンメーカー)ずくし。この店にはCA、ARESなどの香港系エアガンメーカーはなかったです。香港系のほうが高いからね。

そして、ハンドガンは見事にWEだけでした。東京マルイはメーカーとしては海外に輸出していないし(海外に出ているマルイは問屋が輸出)、タイに持ってきたら、目ん玉飛び出るぐらい高くなっちゃうでしょうから扱わないんでしょう。






こんなBB弾も売ってました。もちろん価格重視でノンバイオ、「電動かン対応」って、ちょっと惜しい日本語が書いてありましたw









そして、あと2件の店はこんな感じ。ゴーグルやマスクも売ってはいたので、タイのどこかでサバイバルゲームもやっているのかもしれません。






いまはもう営業していない店、「GUN SMITH」の看板。サパーンレックの通りはこんな感じで、8割方のショップのシャッターが下りていました。あと何年かすると、このおもちゃ街もなくなって、新しいビルが建つことでしょう。






ガンプラ屋さんもありました。パチモノの中華ガンダムっぽいプラモも混ざっていたので、おみやげにその怪しいやつを買ってくればよかったなw



こうして、実銃街とエアガン街(おもちゃ街)を堪能し、いよいよ、本日のメインイベント、実銃射撃に向かいます ノシ



…続く

  

タイ実銃射撃 その3

まさか、2日連続で同じ場所に来るとは思ってもいませんでした。ニシオさんも、GOさんも、銃が趣味というわけではなく(GOさんはクレー射撃をやっていますが、ミリタリーマニアではありません)、自分が武器屋の主人だからということで、タイのエアガン街見学を企画してくれて、しかも2度もチャレンジしてくれるなんて感謝と申し訳なさでいっぱいです('◇')ゞ


そして、ついに噂のヤワラーにたどり着きました!




他の店と変わらない普通さで、ColtやBerettaといった実銃メーカーのロゴが並んでいるのが不思議な感じですw



もうワクワクしながら、まず、最初に入ったのは、店頭で、ショットガンのピストルグリップ&M4ストック変換キットが目立っていたこちらのお店。







ここは完全に実銃のお店でしたが、銃を扱っているわけではなく、ホルスターやメンテナンス用品、シューティンググラスなど周辺パーツを扱うお店。それらのパーツはエアガンでも使えるわけで、「うー、これ持って帰ろうかな、アレも買いたいな!」ってよだれが出ました ( ̄ρ ̄)



この店では、自分のショップ(Gunsmithバトン)でも、扱っているTUFF productsの商品もありましたよ。




このTUFFのオレンジの製品は実弾をまとめるためのクリップで、日本では特に用をなさないけど、こういう小物も欲しくなったりするのが、マニアなわけでw



しばらくこの地区を歩き回りましたが、実銃のショップばかりが集まっていました。










実銃のお店は、店構えもちょっと独特で、銃を買えない外国人観光客が入店するのは憚られるような敷居の高さだったので、ウィンドウショッピングで外から見て楽しみました。






露店もたくさんあって、スコープなどの光学機器やホルスターが売られていました。でも、どうも中華パチものと本物が入り乱れているようで、うかつには手が出せませんねw



こうして、ヤワラーはエアガン街ではなく、実銃街でした。自分は実銃やそのパーツをあれこれ見れてそれだけで大興奮だったんですけど、ニシオさんは『エアガン』ということをあきらめずに、お店の人に聞いてくれて、エアガンを扱っている店がこの近く、歩いて行けるところに集まっていると調べてくれました。

ニシオさんはビジネスでタイによく来ているので、片言のタイ語を話せるのですが、それにしても2日に渡ってエアガン街を目指し、さらに現地で調べてくれるという、このあきらめの悪さは凄い!

自分なら「海外だし、分からないことがあっても仕方ない… 実銃も見れたし満足!」って、ここであきらめていたでしょう。でも、ニシオさんのこういう粘りが海外でのビジネスには必要なんだなってのを強く感じました。

『あきらめたら、そこで儲け話は終了だよ』ってことですね (`・ω・́)ゝ



ニシオさんが聞いてくれたので、ここで初めて、タイでエアガンは「BB GUN」と呼ばれているということが分かりました。普通、海外でエアガンは、「AEG」(電動ガン)、「GBB」(ガスブローバックガン)と呼ばれています。

そして一行は、BB GUN街を目指して歩き始めました。




…続く



  

タイ実銃射撃 その2

タイ2日目の朝です。昨晩、夕食後に2時間たっぷり施術してもらったタイマッサージのおかげか、体も軽く気力も満々なのです!

ツーリング中にラオスでも、ラオマッサージを受けましたけど、ラオスのほうが優しいマッサージで、タイのほうは結構、痛かったです(^^ゞ 昔はタイマッサージをこんなに痛く感じなかったんですけど、やっぱり疲れが溜まっていたからかな?



朝食はホテル近くの路上でいただきました ( ̄ρ ̄)ジュル





おかず3種類をセレクトして50バーツ(この日のレートで1バーツ約3.3円なので、約150円ほど)。自分の記憶は大学生のときのバックパッカー時代のものですが、当時、これぐらいの内容なら30バーツぐらいが相場だったので、「高い…」って感じました。

まあ、あれから20年経ってますから、モノの値段が上がっていて当然でしょうね。その他、タイ滞在中に全般的にみて、自分の感覚より1.2~2倍ぐらい物価が上がっていると思いました。

発展するタイは順当に物価が上がっていますが、日本はデフレ真っ只中。牛丼が280円で食べられる2013年、バブルの20年前と比べても物価は下がっているのではないでしょうか。

給料は上がらないけど、物価は下がる、もしくは物価が下がるから、給料が上がらない。タイの成長ぶりと相対的に比べると、日本の失われた20年の停滞を実感せざるを得ないけど、それはそれで、日本は安定していて普通に暮らせるので、まあ、いいんじゃないかと(^_^;)





今日、実銃射撃へはオフィスへ11:30に行くので(ホテルから歩いて5分ほど)、朝食を8時に食べて、まだまだ時間があります。GOさんと二人で、「じゃあ、それまで自由時間でのんびりしてましょう」って話してたら、ニシオさんが「昨日のエアガン街にもう一度チャレンジしましょうよ!」と提案してくれて、この2時間ほどの隙間の時間を使ってヤワラーに行くことになりました (* ̄ー ̄)v



ちなみに、このときは、朝の通勤ラッシュも終わっているだろうということで、タクシーのメーターで向かい92バーツ。昨日は途中のホアランポーン駅まで地下鉄で行って、そこからトゥクトゥクに乗ったのですが100バーツ。そしてこの日、ヤワラーからホテルへの帰りはトゥクトゥクで120バーツ… そう、トゥクトゥクって別に安くないんですよ(;¬_¬) (※同行したタイ人による価格交渉なので、別にぼられているわけではなく、これがトゥクトゥクの相場だと思います)

ただ、トゥクトゥクは幅が狭くて小回りが効くので、渋滞のときもクルマとクルマの隙間を縫った鮮やかなライン取りと、裏道を存分に使いまくってタクシーより早いことが多いです。さらに早く行きたければ、バイクタクシーがあるんですけど、これは怖すぎて自分は乗ったことがないです(^_^;)

また、タクシーに乗るときは、必ず「メーター、OK?」って確認してから乗りましょう。行き先をいうと、運転手は「●●●バーツ、OK?」って価格を提示してきますが、ほぼ間違いなくメーターのほうが安く行けます。運転手がメーターを使いたがらないのは、たぶん、そのお金を会社に出さず、自分のポケットに入れるためじゃないですかね?w




…続く

  

タイ実銃射撃 その1

今回の旅で、自分にとっては本編である『ラオス☆秘境ツーリング』の前に、ミリブロ読者にとってはこっちのほうが遥かに興味深いと思われるタイでの実銃射撃をご紹介していきましょう ノシ  

(※このカテゴリーはKindle書籍にあとでリライトして作り直すことを想定しているので、いろいろ話や説明が前後したり、重複したりしますけどご容赦下さい(^^ゞ)




旅の目的はラオスでのツーリングですが、日本からラオスへの直行便はないのでタイでトランジットします。行きは空港から出ることなく、そのままラオスに飛びましたけど、せっかく来たのでタイで遊んでいこうということで帰りはバンコクで1泊することにしました。

1泊とは言っても、9日の午後にバンコクに着いて、日本への飛行機は10日の22:35発なので、1日半の時間が使えるのです。ここで、GOさんとニシオさんが武器屋の主人たる自分に気を使ってくれて、「じゃあ、10日は実銃射撃に行きませんか? 9日の午後も時間があるからバンコクのエアガン街に見学に行きません?」と提案していただいたのです。まるで接待旅行のように、すべてを自分のために動いていただき、段取りをしていただいて、本当に感謝ばかりです <(_ _*)> アリガトォゴザイマス



ラオスからタイに帰ってくると、お隣の国であるのにその違いっぷりに、ただただ驚愕しました !!(゚ロ゚屮)屮

てくてく歩いて飛行機に乗ったラオスのルアンパバーン空港から一転、タイのスワンナプーム国際空港はアジア最大級で最新の空港だけあって、システマチックな作りで実にスマート!

そして空港から出てタクシーで市内に向かったのですが、ハイウェイに向かったのですが、道路周辺にごみがあまり落ちていなくて綺麗に掃除されています。もちろん、日本に比べればそれなりにごみはあるし、街中に近づいていくとごみ溜めのようなところもあったんですけど、20年ほど前にタイをバックパッカーでうろうろしていたときから比べると格段に清潔な国になっていました。タイの経済発展ぶりに驚かされました w( ▼o▼ )w



…とはいえ、そこはタイ、それとは別の驚きもあったわけで、~編集用メモ(『タイ交通事情諸々』をリライトして挿入)



ホテルに着くと、ニシオさんの知り合いのタイ人女性が待っていました。彼女はコサメットというバンコクからクルマで4~5時間ほどの島でマッサージで働いていたんですけど、コサメットに重油が流れ着きビーチの一つが汚れてしまって観光客が激減し、バンコクに出てきているそうです。これこそ風評被害でコサメットのイメージが悪くなってしまったんだとか…

実はコサメットって自分も大好きな島で、バックパッカー時代はタイに来た時に必ず行っていて、5~6回ぐらいは行ったと思います。なんにもない島で夜は自家発電、当時はお金もなかったからアクティビティを楽しむというわけでもなかったですけど、一人、日本人もほとんど来ることがない小さなビーチを常宿にしていました。すっかりその宿のみんなと顔なじみになって、ほのかな恋愛もあったし、実に居心地がよくて、毎度毎度、行くたびに、2週間~一ヶ月ぐらいはコサメットに沈没していたんです。というか、そのときの彼女に会うためにタイに行っていたようなものです (^^ゞ



仕事でよくタイに訪れているニシオさんがタイのホテルを、ブッキングしてくれて、パッポンからほど近い歓楽街のシーロム通りにある「Wall Street Inn Hotel」です。喧噪のなかにありますが、コンシェルジュもいるような小奇麗なホテルで快適でした! 気になったのはホテルの隣にあった「有馬温泉」…




どうやらこの有馬温泉は別に温泉ではなく、ビル全体がマッサージやSPAなどのリラクゼーション施設になっているようなんですが、なぜこの名前を付けたんでしょうw まあ、この辺りは日本人街というか、日本人のビジネスマンが多く訪れるところのようで、街で多くの日本人とすれ違いましたし、日本語の看板だらけでした。









ホテルに着いてシャワーを浴びたら、さっそくバンコクのエアガン街に向かいました (‘・ω・́)ゝ …が、その場所(ホアランポーン駅近くのヤワラーという地域)にたどりついたのは18時頃、すでに一帯の店は閉まっていました。でも、前述のように、トゥクトゥクに乗ってドライブが出来たし、ひさびさのバンコクは見るもの全部が物珍しくて、そこに向かう道中だけで、自分にとっては立派な観光でした ノシ


…続く




  



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